図書鉱山は武装司書によって管理されている。
この町の管理者はヴォルケン・マクマーニ、若草色の髪のとかわらない年の武装司書だった。
彼がこの町に赴任したのは半年ほど前、が管理事務所で働きだして一年過ぎたころだった。
初対面の時のことをはよく覚えている。
あまりにも鮮やかな若草色の髪に目を奪われたのだ。
「ヴォルケン・マクマーニです」
硬い表情のまま、呆然と彼を見ているに言う。明らかに事務的に。
古代から受け継がれた武装司書の制服に身を包んだ彼はやはり事務的に手を差し出した。
「です。よろしくお願いします」
その手を握り返す。ヴォルケンはすぐに手を放すと、さっさと仕事を始めた。
着いたばかりだというのに、彼は何をどうすればいいのか理解していて、さらに的確に進めていく。
は拍子抜けしたものの、手がかかるよりもよっぽど楽だと切り替えて自分も仕事を始めた。
ヴォルケンは何も問題はなかった。さすが武装司書だとは感心することしきりだった。
若いくせに少し頭が固いけれど、変人が代名詞と言われかねない武装司書にしては常識的な人間だった。
しかし、出来すぎる、ということは時に迷惑だということには数日としないうちに知ることになる。
ヴォルケンはの仕事まで勝手に手をつけてしまうのだ。そんなことをされたらの仕事はなくなる。仕事がなければ管理事務所に勤める必要もなくなる。要するに先に待っているのは失業だ。仮に首にならなくても、この事務所ですることはヴォルケンにお茶を出すだけになってしまう。
することがなくなる日が続き、ついには意を決した。
「ヴォルケンさん、私の仕事に手を出さないでください」
「時間があったからしただけだ。別に仕事をしていないといって首にしたりはしない」
「そういう問題じゃありません」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
は頭が痛くなる思いがした。ヴォルケンは一般的なことに微妙に疎いところがある。
「私はきちんと自分の仕事がしたいんです。ヴォルケンさんが武装司書に誇りを持ってらっしゃるように、私も自分の、そりゃあ、ヴォルケンさんにしたら瑣末なものでしょうが、やりがいを得てるんです。それを取られてお茶ばっかり入れて、ぼーっとしているのはイヤなんです」
ヴォルケンは唖然とを見た。その様子には言い過ぎたかと不安になった。年が変わらないとはいえ、赴任して日が浅いとはいえ、彼はの上司なのだ。口ごたえをした部下を粛清することなど訳もない。そして一般の人間とは違い、肉体強化の魔術も会得している。手加減に手加減を加えたとしても「うっかり」の首をへし折るくらい簡単だろう。
には沈黙が重かった。
暴力を振るわれないにしても怒りをぶつけられるかもしれない。そう思った矢先。
「すまなかった」
ヴォルケンの口から出たのは謝罪だった。
その表情はいつものように硬いけれど、少しばかりうなだれているようにも見える。
彼にしてみれば親切のつもりもあったのだろう。は急に申し訳なくなった。
「いえ、あの、こちらこそ申し訳ありません」
「なぜ、謝る。悪いのは俺だ」
悪かった、とさらにヴォルケンは口にする。
悪いと思ったら素直に悪かったと認める潔さは素晴らしいが、そうなれば自分が悪いということ以外は認めもしない。
あまりにも融通がきかない不器用さにはうっかり笑いそうになってしまった。
それをごまかすように
「わかりました。ではお茶を入れますね。一息いれましょう」
そう提案して、備え付けの小さなキッチンへと向かう。その背中をヴォルケンが呼び止めた。
「何ですか?」
「あ、いや…」
珍しく口ごもるヴォルケンには次の言葉を待つ。
「その…はちみつがあれば…嬉しいんだが」
手を口にあて、目線をそらしたヴォルケンの言葉は最後の方は聞き取れないくらい小さかった。