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武装司書と私 その2

常識的な武装司書というのは、残念ながら存在しないらしい。ほぼ常識的だと思っていた自分の上司であるヴォルケン・マクマーニは残念ながら恐ろしいほどの世間知らずだった。

は自分に渡された札束をヴォルケンの机の上に置き、1枚だけを取った。

「いいですか? これで、ご希望の紅茶もハチミツも1ダースは買えます」

これで、と、紙幣1枚の意味と価値を強調するようにヴォルケンの目の前で振った。ヴォルケンはへぇと素直にうなずいた。

「じゃあ、それで買ってきておいてもらえるだろうか」
「えぇ、まぁ、買いに行くのは全然いいんですけど」
「そうか、良かった。頼む」

ヴォルケンの表情が緩んだ。希望の物が手に入るとほっとしたのだろう。。

ここに来て1ヶ月。しばらくは前任者の残していった紅茶やハチミツがあったが、ついに切れた。買いに行こうとしたところ、ヴォルケンが銘柄を指定してきたのだった。指定されたものは一流品ではとてもじゃないが、そんな額を経費で落とせないと主張したところ、ヴォルケンが私費でと分厚い札束をに手渡したのだった。

武装司書は高給取りとは聞いていたけれど、ここまで物価に疎いものなのだろうか。は不思議に思った。前任者は意外にも庶民的だった。多少、行動は武装司書らしく破天荒ではあったが…。

そして、ヴォルケンの物腰や言葉遣いなどからある結論に達した。

「こんな高級品知ってるなんて、いいご家庭だったんですね」

そう、育ちがいいのだろうとは思ったのだった。育ちのいい世間知らずのお坊ちゃま、いかにもだ。思いついた自分を褒めたい気分ではほくそ笑む。

しかし、ヴォルケンはその言葉に苦笑した。

「オレはパンドーラ図書館で育ったんだ」
「え? パンドーラの街ってことですか?」
「いや、赤ん坊の時に図書鉱山の事務所に捨てられてね。そのままパンドーラ図書館で、当時の代行の養子になって武装司書たちに育てられたんだ」

ヴォルケンはいつもと変わらない口調で淡々としていた。

は何も言えなかった。苦労知らずのお坊ちゃまと決め付けた自分を恥じた。そんなの様子に気付いたのかヴォルケンは表情を柔らげた。

「おかげでいろんな価値観が世間一般とはずれがあるらしい」

それはここに来てからヴォルケン自身も初めて気付いたことだった。
鯨で飛び回ったり、2秒先が見えたり、思考を共有できたり、時間を止めたり、蟻を無限に生み出したり…それらは一般的なことではなかったのだ。普通のことではないと頭では理解しているだけで、日常として受け止めていたのだ。ハミュッツのあのウサギはかわいいと思っていなかったが、それに限って言えば世間と同じ感覚であったらしい。

の心を軽くするように、ヴォルケンはおおげさに首をすくめた。

「あなたにはこれからも迷惑かけるだろうね」
「そんな…」
「すまないが、これからもおかしいと思ったらそう言ってほしい」

武装司書は人々のために尽くさねばならない、だから、世間を知らなくてはいけないのだ。

ヴォルケンはまっすぐにを見た。は特徴的な若草色の髪に負けずきれいなその瞳に武装司書としての彼の誇りを見た。

「わかりました。ひとまず買い物に行ってきますが…これ見て、金銭感覚も養ってくださいね」

手近にあった食料品店のチラシをヴォルケンに渡すと、事務所を軽い足取りで出て行った。

残されたヴォルケンは渡されたチラシをが帰ってくるまで物珍しそうに眺めていた。







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