ホテルのロビーでカミーユを待っていると、ワスケアルのスタッフが声をかけてきた。
「カミーユの奴、寝ちまったけど」
落車までしたあれだけのレースの後だ。クールダウンしてシャワーして、ドクターに診てもらって、マッサージしもらって…寝てしまうのも無理はない。
「顔だけ見てこようかな。シリルは起きてる?」
「ああ、ゲームしてたよ。行くなら夕食は30分後だって伝えといてくれ」
カミーユとシリルは同室だ。シリルさえ起きていれば部屋に入れる。じゃあ、顔見てきますとスタッフと別れて、あらかじめ聞いていたカミーユとシリルの部屋へと向かった。
コンコンとリズミカルに扉をノックすると、誰?と間延びしたシリルの声と同時に扉が開く。同時じゃ、誰って聞く意味ないと思うんだけど。警戒心が薄いのか、はたまた片手にゲームを持ったままなのでゲームに意識がいったままなのか。たぶん後者だ。扉を開いても顔をあげない。シリルと名を呼んでため息をつくとやっと顔をあげた。
「」
「お疲れ様、シリル」
軽くビズを交わして、部屋に入れてもらう。奥のベッドに寝ているカミーユがいた。
「マッサージの途中で寝ちゃったんだよね」
「そっか、あ、夕食は30分後だって」
「わかった」
そう言ってベッドサイドの袋からスナック菓子を取り出した。自分のベッドに座るとお菓子を食べながらゲームに没頭しだす。そんなシリルを横目で見て、カミーユのベッドの端に腰をおろした。その反動でベッドが多少はずんでもカミーユは微動だにしない。かなり熟睡しているようだ。
規則正しい寝息に安らかな寝顔のカミーユは起きている時とは別人のようだ。艶のある黒髪に手をのばす。サラサラした髪は触っている私まで気持ちがいい。ゆっくりと寝息のリズムに合わせるようになでる。
「こうしてると天使みたいだよね」
チュドンと大きな音がしたので、シリルを見ると、笑いをかみころしてこちらを見ていた。
「何よ〜」
「だって、兄貴を天使なんていうの、くらいだよ。おかげでゲーム終わっちゃったじゃん」
「ほんとにそう思ったんだもん」
むっとして頬をふくらませれば、いいけどねなんてシリルは大人びた口調で肩をすくめた。
「ボク、アランのとこ行ってくる。おやつなくなっちゃったし」
「いってらっしゃい」
と、部屋から出ようというところでシリルはぴたりと止まると意地悪く笑った。
「天使だからって襲っちゃだめだよー」
「何言ってんのよ!もう!」
あははと笑いながらシリルは部屋を出ていく。パタパタパタと足音が小さくなって近くの部屋の前で止まる。いくらかのやりとりがうっすらと聞こえたあと、扉の外も静かになった。
カミーユの髪をまたなでようと手を伸ばすと、その手をとられた。シリルとのやりとりや扉の音で目がさめたのだろうか。
「?」
少しかすれた声で私の名を呼ぶ。カミーユはまだまどろんでいるのか目はうっすらと開いたかと思えばまた閉じられた。
「いるよ?」
カミーユがまた眠りに落ちることができるようにゆっくりやさしく話す。
「ん。キス」
顔だけ私の方へむけて、ねだる仕草をする。あまりにかわいくて、髪をなでながら額にキスをする。と、なぜかカミーユの眉間にしわがよる。まどろみながら眉間にしわを寄せるなんてなかなかできないんじゃないだろうか。
「そっちじゃねぇ」
一瞬にして天使はいなくなってしまった。けれど、ねだる仕草はかわいいままだ。仕方ないなぁなんて言いながら、ほんとは私だってカミーユにキスしたくてたまらない。くちびるにキスすると、カミーユは、ん、と少し舌を出す。その舌を軽く吸うようにキスすれば、満足したのか、表情はまた天使のように穏やかになった。
また髪をなでながら額にキスすると、眠りに落ちているのか、さっきのように眉間にしわがよることはもうなかった。