はボクの幼馴染のくせに、未だに自転車のことをよくわかっていない。別に熱狂的なファンのようにレース展開とか自転車のパーツのこととか語れるようになってほしいとは思っていない。だけど、もう少しボクに興味もってくれてもいいんじゃないかなと、最近思う。
いつものようにチーム練習を終えて、クラブハウスで着替えて、自転車で家路につく。途中、 の後ろ姿をみつけた。
「」
「あ、ローラン。練習帰り?」
声をかければ、にっこりと笑って振り返る。そんなに無防備に笑顔をむけられたら、心の奥に小さな時から隠している特別な感情が揺れ動かされる。それを何とか押し殺し笑みを返す。
「声をかけられて、そんなに簡単に振り向いたらダメだよ。性質の悪いナンパが最近多いらしいから」
心配する体を装った―それこそ性質の悪い―独占欲だ。
「ローランだってわかってるからじゃなーい」
注意されたことに少しむっとしたのだろう、くちびるをとがらせる。そんな仕草一つが愛おしい。
「ゴメン、ゴメン。一応ね。は女の子だし」
「相変わらずパパみたい」
小さなころからの独占欲はすっかりパパの心配性と同列になってしまっているらしい。
自転車を降りて、と並んで歩き出す。
「あれ、こんなのつけてた?」
自転車を押すボクの右手を指さす。どうやらスポンサーがオマケにくれたシリコンブレスのことらしい。
「うん、もらいもの」
「へー…」
しばらくはブレスをじっとみていた。似合わないとか言われるのかなと思った矢先、まったく想像もしなかった言葉をから発せられた。
「ローランって意外に堅実なんだね」
シリコンブレスからどうやったらそんな感想が出るのか、まったく理解できずに、どうしてと聞き返す。と、さらに驚く言葉が続く。
「え、だってそれ、郵便振替貯金してもらったんでしょ」
「……」
確かに、シリコンブレスにはGIROと書かれている。GIROはほとんどのプロが使うヘルメットのトップメーカーだ。フランス語になおしてしまえば間違いなく「郵便振替貯金」だけど…。
「違うの?」
黙り込んで、苦笑いをかみ殺しているボクにはただ訳がわからないとばかりに首をかしげる。その仕草も愛らしい。
は何も知らなくても、一番、ただのボクを知っている。フィゾー家の跡取りだとか、ロードレースのジュニオールチャンピオンとか、そんなフィルターはにはないんだ。だからこそ、ボクはが好きだ。
自身はまだ色恋沙汰にさほど目覚めていない。小さなころから一緒に育ったボクを完全に安全パイだと無意識に位置付けているのはわかるけれど。そろそろ動いてもいいかな。予定には少し早いけど、ちょっと我慢もきかなくなりそうだし、これをチャンスにしてみるのもよさそうだ。
「じゃあ、堅実なボクのお嫁さんになるかい?」
シリコンブレスをつけた右手を伸ばして、の頬をかすめる様になでる。は一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐにボクのよく知る笑顔になった。