その小さな影がひょこっと私に頭を下げた。
「シマくん?」
「お久しぶりです。スンマセン、待ち伏せみたいなんして」
居心地が悪そうに頭をガシガシとかくシマくんはまるで悪戯がみつかって先生に怒られている中学生みたいだった。本人に言ったらせめて高校生にしてださいって拗ねそうだけどね。
「ううん、何か話?」
「あ、はい。どっか入れますか」
シマくんが私にわざわざ会いに来るのに甚くんのこと以外にはありえない。そして、あの日から数日と経ってないのだから、シマくんの用件はある程度予測がついた。
ちょうどドーナツのチェーン店がすぐ近くにあって、そこに入った。シマくんはなぜか肉まんを2つ。私はクリームの入ったドーナツを1つとそれぞれコーヒーを。
支払いは自分がというシマくんを制してきちんと割り勘にした。たかが数百円の話だけれど、そういうのにウルサイ人が私の彼だから。
「いくらシマくんでも甚くん以外の人にごちそうになるわけにはいかないから」
「そうっすか?」
「そのかわり、その景品のカードちょうだい?集めてるの」
「あ、はい。どうぞ」
「甚くんの部屋に最近このキャラものがたくさん増えてるって知ってた?」
その言葉にシマくんの顔がひきつった。シマくんのこういう正直なところ甚くんも私も気に入ってるってことシマくん本人は知らないんだろうな。
まぁ甚くんがキャラクターものに囲まれて生活してるのって似合わないもんね。そのギャップが愛しいと思うのは私が甚くんのこと好きだからなんだろうけど。でもって甚くん本人はキャラものだろうが使えれば何でも気にとめない人だから抵抗なくその中で生活しちゃってて、それがまたかわいいのよ、って言ったらシマくんはどんな突っ込みしてくれるんだろうかと想像したら楽しかったけど、実行するのはやめておいた。シマくんって甚くんのせいで気苦労してるせいか以前より額が後退してきてる気がするし、甚くんを尊敬しているだけに何だかかわいそうなんだよね。
「今ね、ゴミ箱欲しくて集めてるの。もらったら甚くんの部屋のゴミ箱にしようと思って」
「はぁ。さいで」
たぶん、今シマくんの頭の中では無意識に甚くんとキャラクターが混在しているだろう。それを頭から放棄するために肉まんを食べることに集中し始めた。
そんな中本題をどう振ろうかと思案しているようにも見えて、私は自分から口を開いた。
「あのね」
「はい」
「この間のことなんだけど、私ね甚くんを信用してるから」
この間、と私の口から出た途端、シマくんの顔が引き締まった。ほんとにかわいらしいほどに正直な人。
「オレ、謝らなと思って」
「何で?甚くんはそれで納得したし、シマくんも自分の判断に後悔してないでしょう?」
ぐっと口を真横にひっ結んでシマくんは何かに耐えるように膝の上で拳を握り締めていた。
「それは、そうです。でも、あれは奇跡的なことが重なって・・・ほんまやったら、死・・・死んでてもおかしないんです。隊長はトッキューの人やからわかってはるから謝りません、でも・・・もしも・・・そんなんなってしもたら悲しまはるでしょう?せやから、なんか・・・」
あぁ、シマくんは悩んでる。漠然とそう思った。
きっと、トッキューとして正しい判断だったとしても人としてどうかって。
トッキュー以外の人間にレスキューされた事実を考えれば悩んで苦しむことは仕方ないことかもしれない。
でも。ごめんね?私にはシマくんに優しい言葉はかけることなんてできないの。
「謝らないで。責めてもらって楽になろうと思わないで。トッキューにいる限り」
私の厳しい一言にシマくんは眉をきゅっと寄せた。
「あのね、甚くんが昔言ってた。トッキューから死人を出すわけにはいかないんだって。そのためにいつも大変な訓練してるんだって。私はそれを信じてるからいいの。トッキューから死人は出ない。今までも出なかったしこれから先も、ずっと絶対に」
それは私がずっと支えにしてきた思い。私のあまりにも淡々とした口調にシマくんは驚いたようで黙り込んでしまった。
甚くんは、私が納得するように何事も隠さずに説明してくれる。
今回の佐世保でのこともどういう状況下で起きたのか、その場合の自分たちの判断と、そしてアクシデントと、結末と。それはもう報告書に書いたことをそのまま伝えてるかのように淡々と話してくれた。
隠さないことが甚くんの愛で優しさだなんて、私以外の人には理解できないかもしれない。
知らないですむなら知らないほうがいいと思う人もいるかもしれない。
特に彼女に仕事のことは何一つ言わないタイプのシマくんには理解できないだろう。
「私ね、すごく独占欲が強いの。嫉妬深いの」
怖い女なのよ、と笑うとシマくんは意外ですと小さく呟いた。
「だから甚くんのことは何でも知っておきたいの。私が知らない甚くんを知ってる人がいるのは我慢できないの。だからもし・・・もし今回のようなことがまたあって、シマくんが同じ判断をしたら・・・謝るよりも全部きちんと私に話してちょうだいね?」
最後はお願いというよりも念押しというか脅迫っぽいなぁなんて自分でも思ったくらいきつい口調だったけれど、シマくんはぐっとくちびるを噛みしめて頷いてくれた。
「スンマセン」
「だから、謝らないの。仕事を全うしたことに誇りを持たないと」
「・・・ありがとうございます」
「シマくんも・・・彼女にそういうの甘えてもいいと思うよ?」
「今彼女おれへんのわかってて言うてはるでしょ」
わざとらしく口を尖らせてジロリと見るシマくんに、おおげさに肩をすぼめてみせた。
シマくんには本当に心を癒してくれる存在が必要なのに、肌のぬくもりばっかり求めてバカな子。
人肌が必ずしも心を癒してくれるのではないことに早く気づけばいいのに。
「何すか?」
「ううん・・・あ、甚くん」
ちょうど外に甚くんの姿をみつけて、手を振った。甚くんはスッと目を細めて私とシマくんを確認すると手を軽くあげて店内に入ってきた。
それを見てシマくんは席を立とうとする。
「ほな、オレこれで・・・」
「ね、甚くんがどのドーナツ選ぶか賭けない?」
「・・・普通のんちゃいますのん?」
「意外にね、派手なの選んだりすることがあるのよ」
うーんと考えこむシマくんの肩越しにトレイを手にした甚くんに笑いかける。
「シマ、何考えてるんだ?」
「え、あ、や、えー?!隊長そんなん選びますか?」
甚くんのトレイの上のものを確認するとシマくんは呆れた顔をしてから笑い出した。
「ほんまに隊長にはかないませんわ」
シマくんの笑いにそうかと軽く相槌をうって甚くんはカードを私に渡してくれた。
「そろそろゴミ箱がもらえるんじゃないのか?」
「うん、帰りにもらって帰っていい?」
「ああ、かまわん」
ひとしきり笑ったシマくんはじゃあお邪魔するのもなんなんでと軽い足取りで店を後にした。
「浮上したみたいだな。助かった」
「別に、励ましてはないけど」
「・・・」
聞きなれたトーンの心地よい声にカードを数える手を止めた。この流れの雰囲気だと色っぽいことの1つでも言ってもらいたいところなんだけど、期待せずに顔をあげた。
「ゴミ箱はもう1つくらいあってもいいな」
「・・・そうね」
ほらね、そういう人だから。
ドーナツの穴から甚くんを見て、私は幸せを感じた。
2005