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70%―ぬれたまま

要救護者をみつけてしまえば、私のことなんて目に入らなくなるのは仕方ないことだと思ってるんだけどね、甚くん?

服を着たままだとか、この冬一番の冷え込みですって朝のニュースが告げていようが、そんなことはおかまいなしにざぶざぶと水の中へと入っていく。
この分じゃ予約を入れておいた創作フレンチのディナーも無駄だろうと、携帯を取り出して店にキャンセルの電話をした。

10年以上っすか、尊敬しますわ。

そう私に言ったのは小柄な彼の部下。
なんていうんだろう。甚くんに通常の恋人らしさを求めることは無駄だと達観したっていうのかな。
あるいは、長いこと甚くんとしかつきあっていないから何が通常のラインかもわからなくなっているのかもしれない。人間の慣れって恐ろしいものだ。

通り過ぎる人たちが噴水の中、一人でざぶざぶと歩き回っている甚くんに眉をひそめる。

「まだ?」
「すばしっこいんだ」

甚くんが助けようとしているのは噴水で溺れている子猫で、溺れているのに甚くんにおびえてか簡単につかまらないらしい。
私としてはどちらかというと子猫に同情したい気分かも。
あんなのっそりしたおじさんに追いかけられたら逃げたくもなると思うもの。

「よし、確保」

優しさのかけらもないような手つきでがっつりと子猫をつかんだ甚くんの額には少し汗が浮かんでいた。

噴水からあがると子猫は無情にも甚くんの手を数回ひっかいで逃げてしまった。

「せっかく助けたのにね」
「元気ならそれでいい」

手渡したタオルで汗を拭いて、服の水分を飛ばす。
冬の夕暮れの公園で見る光景じゃないよなぁ。ここまでくると笑っちゃう。

「じゃ、帰ろっか」
「しかし・・・」
「そんなずぶ濡れの人店に入れてくれないわよ」

もうすでに私の頭の中では創作フレンチは消えていて、その代わりにうちの冷蔵庫にある材料だけでできる体があたたまるであろう鍋のメニューにすりかわっている。

「それに風邪ひいたら大変だし。シマくんに怒られるわよ」

まだひんやりとした甚くんの手をとってひっぱるようにして来た道を引き返す。

「悪いな、いつも」

一応、悪いと思うだけマシかなぁなんて簡単に許してしまう私も私だけど。

「甚くんって・・・」
「何だ?」
「私にとって要救護者の気がするわ」
「そうか、なら」

一生頼むと甚くんは笑った。



2005

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