ゆっくりと引き出しを開け、ラーサーは祖母から譲り受けたシャンパンカラーの半分の薔薇の形をした指輪を取り出した。
パンネロさんは元気にしてるでしょうか。
空賊として大空を駆け回っている、ヴァンとパンネロを思い描く。彼らのことを考えるだけで心が軽くなり、強張っている体から緊張がとけていく。自然と頬もゆるむ。自分も好きなときに好きなように、大空を駆け回れたらどれほど楽だろうか。
飛空挺を操り、イヴァリースをかけめぐる。空は広くて澄んでいて…、ほら、あれが琥珀の谷よ!
操縦する自分の後ろからパンネロの声がする。その声に振り向けば、がいた。笑いもせず、泣きもせず、帰りたい、そう口にした。
コツンと音がして、我に返る。指輪が自分の手から落ちていた。
今のは夢だろうか。
大きく息を吐いて、ラーサーは椅子に反り返るように体を預けた。
何て、情けない。
この一年で身長は驚くほど伸びた。体の線はまだまだ少年の細さで、大人の男として素晴らしい体躯を持っているバッシュには程遠い。それでも、目線が高くなっただけでも自分は成長しているのだと思っていたのに。
執政者として自信が持てれば、堂々とを愛しむことができると思い込んで、小さなプライドで彼女を遠ざけたのだ。思わず自嘲的な笑みがもれる。
愛おしく思う少女を愛しむ方法さえままならないなんて…。
ふいに風を感じて窓に目をやった。が来たのかと、ほんの少しの淡い期待はあっさりと裏切られた。
「よぉ、皇帝さま」
窓に手をかけてニヤリと笑う男にラーサーは一瞬だけ驚いて、ため息をついた。
「不法侵入ですよ、バルフレア」
「そいつが仕事ってな」
「なるほど、それで何の用ですか?」
好意的なラーサーにバルフレアは少しだけ罪悪感をえたが、それを隠すようにウインクをした。
「お宝をいただいたんでね、ま、お礼に挨拶でもってな」
「…お宝、ですか? この屋敷から?」
バルフレアが欲しがるようなものがあっただろうかとラーサーは逡巡する。財宝関係はあまりラーサーの興味をひかず、それ相応の役人に任せっぱなしになっていた。そのため何があるのかもろくに知らないのだが、それが何であれ、別に何を持っていってもらってもかまわないとも思ったのも事実だ。
「あぁ。とてもかわいい花をいただいたよ」
バルフレアは少しだけ肩をすぼめた。悪いな、そう言う様な態度とは裏腹にその目はまるでラーサーを責めているようだった。
花?
ラーサーはバルフレアの言葉に思考を奪われた。
さぁっと風が吹き込む。パティオに咲いた花の匂いが執政室に漂った。
がそっと窓を開ける時にも同じ匂いがラーサーの心に火を灯し切なさを呼び起こす、その香り。
まさか…
はっとして窓を見た時にはもうそこにバルフレアの姿はなかった。頼りなく開いたままの窓に駆け寄り、空を見上げた。しかしすでにバルフレアの飛空挺はただ一筋の光になっていた。
(100210)
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