カチャカチャとただナイフとフォークを動かす音だけが広間に響いていた。バッシュはその音に居た堪れない気持ちになる。
本来ならラーサーとが食事を取るべきこの広間には、とバッシュしかいない。いつからかラーサーは仕事を理由にと食事を取ることしなくなった。最初は一人でテーブルについていたが、日に日に食が細くなったことに気づいた給仕がラーサーに進言し、ラーサーが一緒に食べることができない日はバッシュが代わりに食卓につくことになったのだった。
ラーサーがを急に遠ざけた理由がバッシュにはわからなかった。がアルケイディアに来た当初は予想しなかった仲睦まじさに安堵以上に喜びを感じたほどだったのに。
ラーサーに聞いてみたものの、仕事の一言以外の理由を口にすることはなかった。しかしすでにその仕事も理由にならなくなってきている。バッシュはもちろんラーサーの仕事の量や進み具合を把握しているし、も薄々感じ取っているようだった。
「あの…」
遠慮がちなの声にバッシュは手を止めた。
「どうかされましたか?」
「…アルシド叔父さまから連絡はまだありませんか?」
「いえ、まだ…」
「そうですか」
「あの御仁です、またふらりとやってくるでしょう」
元気づけるように軽口を装ってバッシュは口元を緩めた。
たった一人で異国に政治のコマとして置いていかれたにとって、ふらりとやってくるアルシドは心の支えでもあった。アルシド自身もが大切らしく、多いときでは1週間と開けずに顔を見せに来ていた。しかしこの一ヶ月全く姿を見せず、連絡もない。ラーサーと距離ができ、自分の存在価値を失いつつあるにとってアルシドだけが頼りなのだ。全く、肝心なときに役に立たん男だと単純にそう思えたらどれほど楽だろうか。には知らせてはいないが、またしてもダルマスカの重鎮がつまらないことを言い出しているらしい。詳しくはバッシュも聞いてはいないが、アルシドがそれを収めるために頭を痛めていることはわかっていた。
「帰りたいな」
バッシュの軽口にふっと笑みをこぼしたは、遠い目をしたまま、つぶやいた。自分でも口にしたことに気づいていないくらい、自然に…
そのつぶやきにバッシュはもうに限界がきていることを察した。
「さ…」
「私、もう休みますね。失礼します」
そう言うとは広間を後にした。その背中を胸が痛む思いで見送ったバッシュは寒気がする事実に気づいた。
が食べていた皿の中には、ただ切り刻まれただけの料理が残されていたのだった。
(100210)
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