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カノープス

ラーサーの寝息を確認して、バッシュは部屋を出た。バッシュが与えられた部屋はラーサーの部屋の隣だか、警護の都合上、ラーサーの部屋で就寝するつもりなのでただの荷物置きの部屋になっている。

「どういう用事かな?」

暗がりの部屋の窓に向かってバッシュは話しかけた。

「なぁに、ちょいと高見の見物をしにね」

ゆらりと動いたカーテンの向こうから最速の空賊と称されるバルフレアが姿を現した。

「そうか、では少し付き合ってもらおうかな」

バッシュはそう言うと明かりもつけずにテーブルの酒を二つのグラスに注いだ。

「いい香りだ」
「ロザリアの物だ。アルシドがおいていった」

「ロザリア、ねぇ」

口に一口含むとバルフレアは満足気に目を細めた。

「美味いな」
「何なら手土産に持って帰ったらどうだ、空賊が何も持たずに帰るのも淋しいだろう?」
「欲しいものは自分で吟味するさ」
「…なるほど。で、戴冠式で何を吟味したんだ?」

片目だけあげて見ると、バルフレアは小さく肩をすくめた。

「ロザリアから宝石がやってくるって聞いたんでな」
「…宝石か」
「あぁ、ま、俺にゃかわいらしすぎる宝石だったけどな」

バルフレアは義賊だし、一年前に行動を共にして人となりを少なからず理解しているつもりだったから目的がだったということがバッシュには驚きだった。
何かしら裏があるのか、それとも本当に興味本位で見物しにきたのか。

「どう思う?」

何が、とも、何を、とも言わずにバルフレアに問う。

「ま、妥当なところだろうな」
「妥当…か」
「まさか初恋を成就させてやりたい、なぁんて考えてんじゃないよな?」

どうやらバルフレアもラーサーの想いには気付いていたようだ。
もっとも気付いていないのは想われている本人とその彼氏ぐらいなものだろう。

「無理だとはわかっている。けれどまだ13才だ。せめて私生活では愛に支えられて欲しいんだ」
「王は孤独ってか。まだ13だ。ほんとの愛も恋もこれからだろうよ」

確かにバルフレアの言うとおり、まだ13才で、本当の愛を知るのはこれからだろう。
けれど、ラーサーには早く大人にならなければと思いつめているところがあるとバッシュは感じていた。

先ほどのように、バッシュ自身の憂いを感じ取り、わざとからかうような話題にすりかえたラーサーがあまりにも幼気でいたたまれなかった。

だからこそ、本当に心を休ませられるようなそんな相手がラーサーにいてくれたらとバッシュは願ってやまない。

それが、パンネロだというのなら…
それでもいいと思うほどに。

黙り込んだバッシュをバルフレアは笑い飛ばす。

「だいたい、子供の心配よりも自分の心配しろよ。もう40目前だろうが」
「…余計なお世話だ」

むっとしてバッシュはグラスに口をつける。
まったく誰も彼もが自分のことを40,40とうるさい。
そんなバッシュのつぶやきに笑いをかみ殺してバルフレアが窓に向きなおると、月明かりを背負ってフランが音もなく現れた。

「おまえもどうだ?ロザリアの酒はなかなかのもんだぜ」
「けっこうよ。それより…やはりが持っているようね」
「そうか…」
「おまえたちの狙いは何なんだ?もし、姫に何かしようというのなら…」

バルフレアとフランの会話を聞いたバッシュは眉をしかめて腰の剣に手をやった。それを目に留めてバルフレアは両手を大きくひろげてため息をついた。

「おぉーっと、早とちりすんなよ、俺らの狙いは琥珀の谷のお宝の成れの果て、だ」
「成れの果て?…どういうことだ、おまえたちは今度は何に首を突っ込んでる?」

バッシュのその問いに、バルフレアは軽くウィンクをするとフランと共に窓から暗闇に消えた。
テーブルの上からはまだ開けていなかった酒瓶が一本なくなっていた。

ちゃっかりしたやつだ…

ただの暗がりになった部屋でバッシュは小さく笑った。

一年前、最後の最後まで全てを見通して危険を冒したのは誰でもないバルフレアだ。空賊なんてきどってみても、根っこでは国を、世界を憂いている。正義感、なんていえばきっと彼は笑い飛ばすだろうが、上に立つ人間に必要なものを持っている。

信用、してるぞ。

バルフレアが何を企んでいるのかわからないままだが、バッシュは彼を信じることにした。
バルフレアが置いていった空になったグラスに自分のグラスを軽く合わせる。
カチンという軽い音がバッシュに耳に心地よく響いた。





(060508)