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カノープス

「お気に召したかな?」

ラーサーとバッシュと同じようにアルシドとにも宿泊の部屋が用意されていた。

部屋に入ってがくつろいだのを見ると、アルシドが待ちかねたように聞いてきた。

「何を?」

だっていくらお嬢様育ちとはいえ、そこまで世間知らずではない。
アルシドがここへ自分を伴ってきた理由も、ラーサーに引き合わせたこともちゃんと理解している。
それでも、そうたずねた。

「ラーサー、のことなんだけどねぇ」

アルシドはの態度を意に介することなくいつもの調子だ。
何しろ生まれた時からアルシドは知っているのだからの扱いはお手の物だ。
アルシドはソファに座ったの隣に移るとひょいとを抱えて自分のひざの上に乗せた。

ふぅっと息を吐くとはアルシドにもたれかかる。
国から外に出るのはにとっては初めてのことだった。さらにパーティでは様々な人々に紹介されたりと緊張から疲れてしまっていた。

慣れたアルシドの匂いがを疲れと緊張をやわらげていく。

「…私が気に入ろうが入らないだろうが、関係ないでしょう」

政略結婚とはそういうものだ。
本人同士の気持ちなんて二の次で、国同士の利益、ただそれだけのためのものなんだから。

「まぁ、そうなんだけどね。何しろロザリア帝国の姫は人気者なんでね」

アルシドはの頭にあごを乗せるとを操るかのようにその手をとり大きくひろげた。

ロザリアの周りにはアルケイディア以外にも国はある。
要するにの政略結婚の相手もラーサー以外にもいるということだ。

「どうせなら、大事な姪っ子が気に入った相手のところに行くのがいいかなぁと思ったわけよ」
「叔父様が気に入っているだけでしょ」

アルシドが事あるごとにラーサーの話をにしていたのは、何も政略結婚をにらんでのことだけではなかった。
アルシド本人がラーサーに一目置いているのだ。

「…でも向こうは私のこと特になんとも思っていないみたいだったわ」

最初に挨拶を交わした後、はヴァンに一年前の冒険談を聞かされていた。途中、ヴァンの言うことにパンネロやラーサーの訂正がいつくか入ったが、ほぼヴァンの独壇場だった。

はヴァンの話を聞きながら、ラーサーの様子を伺っていた。

聞いていた話よりも背が高いのは、きっと前にアルシドが会った時よりも伸びているからだろう。
優雅な物腰に大人びたそつのない口調、イメージしていたラーサーがそっくりそのままの姿で存在していた。

彼となら政略結婚でも幸せになれるかもしれないと思った。

ただ、気になったのは…

「パンネロさん」

ヴァンが話しをしている間に何度かラーサーはパンネロに話しかけていた。その声と目に他とは違う熱を帯びているのをは感じ取っていた。

いずれは政治のコマとして使われることくらいは承知の上だった。
けれど。

はすとっとアルシドのひざから軽やかに下りると、くるりと振り向いてアルシドを正面から見た。

「ラーサー様のもとに嫁ぐのはイヤです」

少しでも心を動かされた相手に自分を見てもらえないのは、全く愛情のない政略結婚よりも辛いと思うから。

「まいったねぇ…」

アルシドは少し困ったように笑ったけれど、それ以上は何も言わなかった。





(060511)