戴冠式の翌日、ダルマスカ、アルケイディア、ロザリアの会談が行われた。
すでに非公式で話し合ってきていた国境付近の治安や交易、交通などを確認して公に調印した。
「三ヶ国の平和がこれで保たれることを願うばかりです」
アーシェがそう締めくくり、全ては恙無く終了した。
ラーサーにしてみればもっと突詰めていきたい話はたくさんあった。けれど今はまだ国同士のアウトラインを明確にするだけにいたった。
急に何もかもを替えることなんてできないし、急ぎ過ぎれは歪みができるんだと、ラーサーは自分に言い聞かせた。
それでも苛立つ気持ちが抑えきれない。
何よりも無力な自分に。
ラーサーの焦る気持ちに気付いたのかアルシドは苦笑いを顔に浮かべた。
「そんなに急いで一人前になろうとしなくてもいいんじゃないかね?」
アルシドはぐしゃりとラーサーの頭を乱暴に扱った。
「やめてください」
アルシドのそんな態度はさらにラーサーを苛立たせるに十分だった。むっとしてアルシドの手を払いのける。
アルシドはラーサーの態度に気分を害することもなく、払いのけられた手をひらひらっと振って苦笑した。
そこへロザリアの情報部員が顔色を変えてやってきた。
アルシドに耳元で何事かを伝えるとアルシドの口が歪む。その様子にアーシェは眉をひそめた。
ロザリア関係で何か芳しくないことが起こったのかと危惧したのだ。
「どうしたんですか」
「うちのお姫さん、空賊さんと空のデートに出たらしいねぇ」
やれやれとアルシドは肩をすくめてみせた。
「空賊って…」
「ヴァンとパンネロ」
「あぁ、ヴァン…」
空賊の言葉を聞いてアーシェが誰を思ったのか、ヴァンとパンネロだと知ってため息をもらす。
「まぁ、すぐに帰ってくるでしょう」
アルシドは窓の外、突き抜けるような青い空を仰いだ。
ラーサーも同じように空を見上げる。
その空に思いを馳せるのはではなくパンネロだった。
ラーサーはアルシドの視線が自分から外れていることを確認してから、そっとポケットの中に手を入れて、指輪を取り出した。
指輪にはシャンパンカラーで半分の薔薇の形をした石がついている。
ラーサーの祖母が亡くなる前にそっとラーサーに譲り渡したものだった。
祖母は幸せになれるお守り、そう言った。
果たしてそう言っていた祖母が幸せな人生だったのかはラーサーにはわからない。
何故これを先代のグラミスでも他の子供たちにでもなく、自分になのかとラーサーは不思議に思って問いかけると、
「勘かしらねぇ…」
祖母は小さく首をかしげて遠くを見た。
きっと、あなただと思うのよ、とラーサーの頭を愛しむように撫でた。
祖母の意図したところはラーサーにはわからないままだけれど、もしこれが本当に幸せになれるお守りだというのなら、渡したい人がいる。
人工破魔石なんてものを間違ってお守り代わりに渡してしまったパンネロに今度こそ本当のお守りを渡したかったのだ。
ラーサーはぎゅっと指輪を握りこんでポケットに戻した。
(060517)
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