アーシェはほどなくして仕事に戻ったため空を大きく見渡せるテラスでラーサーはアルシドと二人でを待っていた。
「ところで、ラーサー?」
「何でしょう?」
ゆったりと組んだ足を組みなおしてアルシドはラーサーに向き直る。
「いかがなものかと思いましてねぇ」
「何がですか?」
「うちのお姫さんはお気に召したかな、と」
こんなに早くにアルシドがの話を持ってくるとは思っていなかったラーサーは驚いて少し目を見開いた。
後ろに控えていたバッシュも動揺したのか甲冑がこすれる音を少しさせた。
「…お会いしたばかりですから…」
「ヒトメボレはしなかったと」
少しちゃかしたアルシドの言葉にラーサーは苦笑いするしかなかった。
「あまり、急ぐつもりはなかったんですがね」
少々状況が変わってきてまして、とアルシドは声を落とす。
「状況?」
「北に小さな島国があるんですがね、あそこの三男坊を婿養子にしちゃおうかなぁんて話がもちあがっちゃってましてね」
北の島国は本当に小さい国だ。ラーサーも存在は知っているが正式に国交はない。アルケイディアに限らず、その国はほとんどの国と正式に国交を結んでいなかった。
それというのもその国の産業は兵器だからだ。どこの国とも国交を結ばず、どこの国へも兵器を輸出する、それはある意味とても中立な立場だった。
「それは…つまり…」
「うちの血気盛んな話のわからないお年寄りがね…勝手に言い出したことではあるんだが…」
ロザリアの一族の中にはアルケイディアを攻めたいと思っている強硬派がいることはラーサーもアルシドから聞いて知ってはいたが、ここまで本格的に武力侵攻を視野にいれているとは思ってはいなかったので、寝耳に水のごとく、この話は衝撃的だった。
そして、自分の無力さが情けなかった。
一年前、アーシェはこんな気持ちだったのだろうか。
ぎりっとくちびるを噛みしめる。
「それを食い止める一つの手段として、アルケイディアにを差し出したい」
アルシドの声音は真剣で、ラーサーはその目からもそらせなかった。それほど状況は逼迫している証拠なのだろう。
「…あなたは、嬢を大切にしているのだと思っていましたが」
「えーぇ、大切ですよ」
「まるで戦争を止める道具みたい扱うのですね。差し出す…なんて」
そんなことでしか戦争を食い止められないなんて…
正す力を身につけるのだな、そう言った兄の言葉がラーサーの胸によみがえる。
まだ自分は無力だ。兄を正すことを一人でできなかった一年前となんら成長していない。
「…我が一族に生まれた限り、ロザリアのためにその身をささげるのが、使命だ…違うかな?」
ソリドール家に生まれた自分がアルケイディアのために身を尽くすのと同じことなのだと。
彼女は自分の役割を理解しているのだろうか。
苦い顔をするラーサーにアルシドはさらに続けた。
「アルケイディアに行かなければ別の所に行くことになる。そこがダメならまた他へ…。ただそれだけのことだがね」
その声はどこか自嘲的でアルシドにしても本意ではないのだとうかがえる。
アルシドにしてみればはとてみ大切な存在で、きっと幸せになって欲しいと願っているはずだ。
― 好きな人はいませんから ―
昨晩バッシュに言った自分の言葉がよみがえる。
そう、自分に好きな人はいないんだから。何も悩むことなどないはずだ。
ただ好きな人と結ばれて幸せになる、そんな簡単なことがラーサーもも許されない立場なのだ。
それなら…、許されない同士で築いていく方が少しは幸せかもしれないとラーサーは小さく息を吐いた。
「…わかりました。お話、お受けします」
「それは…よかった」
結婚すると決めたのだから、決めた以上はを大切にしようと。
そのための努力は惜しまないようにしようとラーサーは心に決めた。
少しでも政略結婚という形に頼ったわけではないと、自分の力のなさをごまかすためだと思いたくなかった、そんな罪悪感からだとはラーサー自身、気付くこともなく。
(060522)
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