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カノープス

きゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえてきた。

どうやらたちが戻ってきたらしい。

「お姫さまのご帰還のようだ」

やれやれとアルシドは立ち上がる。つられてラーサーも立ち上がった。

「んーと、例のお話ですがね、には帰ってからゆっくりと話すことにしますんで」

よろしく、とアルシドはラーサーにウィンクする。

「わかりました」

まさかがアルシドにラーサーのもとへ行くのは嫌だと言っていたなんて夢にも思うはずもなく、アルシドが少しばかり頭を痛めることになるとも知らずにラーサーはうなずいた。

三人の姿が見えてきた。

ヴァンとパンネロとと。

本当なら真っ先にパンネロに言葉をかけたいラーサーだったが、先の話をアルシドとした手前それはできないことだとポケットに忍ばせた指輪を握りしめた。

「おかえりなさい、空の…」

ラーサーがに一歩近づいて言葉をかけかけたとき、はその横をするりと、一片たりともラーサーを見ることすらなくすり抜けると、その後ろにいたアルシドに飛びついた。

「叔父様!すごいのよ!ヴァンさんの飛空挺ってね…!」

興奮のためか顔を赤くして、アルシドに抱えられたままは息せき切って話しをする。
アルシドは慣れた手での乱れた前髪を少しなおしてやりながら、心得た様子での話に聞き入っている。

「…」

行き場を失ったラーサーの言葉はほんの僅かなの残り香の中、小さなため息へと変わった。
せっかくの先ほどの、大切にしなくてはという決意も揺らぐ。
たとえがまだ結婚の話を知らなくても、自分は彼女の目には映っていないのもまた事実なのだろう。

もちろんラーサー自身、ついさっき彼女への意識を変えたばかりで、それを責めることなんてできやしない。

政略結婚だと割り切ってしまえば、の態度なんて些細なもののはずなのに、幼さがそれを許さなかった。

…許せなかった。

睦まじいアルシドとの姿をただ見つめて、ぎゅっと手を握り締める。

「ラーサー様」

そんなラーサーを心の闇のふちから引き上げたのはパンネロの声だった。

救いを求めるように声がした方へラーサーはたよりなく顔を向ける。

「パンネロさん…」

パンネロはラーサーの様子に気付くこともなく、いつものようににっこりと笑った。

様ね、アルケイディアを見てみたいっておっしゃったの」
「え…」

救いを求めたパンネロからの名前が出てきて、少なからずラーサーは動揺してしまう。

「きっとラーサー様の力になってくれる人だよ」

がアルケイディアを見たいと言った真意はラーサーにはわからなかった。
アルシドはには国に帰ってからゆっくりと結婚のことを話すと言っていたけれど、自分に引き合わせた理由をもまた感じ取ってはいたのだろう。

それでも自分の横を風のようにすり抜けて行った。

「…そうでしょうか」
「…そうだよ」
「私は…人の力がないとまだ一人前ではないんでしょうか」

政略結婚の話でわきあがる無力な自分への苛立ちが言葉になって出てしまった。

パンネロはラーサーの目線にあわせるように少し膝をかがめた。

「ラーサー様は一人じゃないんですからね」

答えのようなそれでいて慰めのようなパンネロの言葉にラーサーは何も言えなかった。

そして、渡したいと思っていた指輪をそのポケットから出すこともできないまま…パンネロの柔らかな微笑みに空しさを感じてただ見つめることしか出来なかった。








(060606)