夕暮れが執政室を染め出した。
ラーサーは手元から窓へと視線を移した。窓の先にはパティオがあって、執政室とラーサーの自室などがその周りを囲んでいる。
アーシェの戴冠式から、との婚約内定からもほぼ1年が経とうとしていた。
ラーサーは14才になっていた。
ダルマスカの復興ととラーサーの婚約内定によるロザリアのアルケイディアへの平和的政策変換などによって、イヴァリースはこの1年で安定しつつあった。
とラーサーの婚約はアルシドの思い通り功を奏したのだった。
キィと小さな音がして部屋に風が舞い込んだ。
パティオに面した窓が開いて、そこから13才になったが顔を覗かせている。
「どうしましたか?」
そうに問い、ラーサーは窓から視線を手元に戻して書類を繰り出した。もう今日するべきことは終わっている。
イヴァリースが安定するにしたがってラーサーにかかる負担も減ってきていた。
「…お仕事は終わ」
「いえ、まだ残っています。夕食はいつものようにバッシュと取ってください」
「わかりました」
は消え入りそうな声で何事かをつぶやくと、窓を閉めパティオから自分の部屋へと走り去った。その振り返りることのない後姿を見つめてラーサーはため息をついた。
ラーサーにしてみれば、あくまで形だけでかまわない婚約だったが、アルシドがそれではつけ込まれる隙が出来てしまうとを花嫁修業と称してアルケイディアへと連れてきたのだった。
がきて、そろそろ半年経とうとしている。
政治的なものとはいえ、ラーサーはを丁寧に、大切に扱うことを心に決めていた。をアルケイディアに迎える際に執政室からパティオをはさんで真向かいの一番日当たりのいい自室をのためにあけた。
初めてがその部屋に通された時の笑顔は今もはっきりと思い出せる。パティオの緑と噴水の水と空をまぶしそうに何度も交互に見て、ラーサーに花のような笑顔を向けたのだった。
その時、そのの笑顔にラーサーは心から良かったと安堵した。これから上手くやっていけるだろうとそう確信も持った。事実、最初の一週間は、ラーサーにとっても温かくやわらかい日々だった。
ラーサーが語りかければ、は笑って答え、が話せば、ラーサーは笑顔で聞いた。はアルシドが自信をもっていた通り聡明で、同世代よりも大人びているラーサーに劣ることはなかった。傍目から見てもとても仲睦まじい幼い恋人同士の姿だっただろう。
けれど、日に日にラーサーは胸がぎゅっとしめつけられるような、苦しさを感じるようになっていった。
それはを政治のコマにしてしまった自分への罪悪感だった。に魅力を感じれば感じるほどに罪悪感に苛まれた。そうして、罪悪感から逃れるためにラーサーは仕事に没頭し、から心を離した。それをまた、も感じとっていたために、二人の間には溝ができてしまったのだった。
「バカですね」
薄暗い執政室でラーサーはつぶやいて、そっと目を閉じた。目を閉じれば、あの日の花のようなの笑顔に出会えるから。
(070809)
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