からキスされることはあまりないことなので嶋本は驚いて片眉を少しだけ上げた。
どうしたと聞こうとくちびるを離そうとしても、のくちびるはすぐに嶋本を求めだしてそんな間すら許さない。特別情熱的だといえるほどの激しさはないキスに妙な胸騒ぎを覚えながらもいつしか嶋本はのくちびるに溺れるように没頭していった。
体を重ねて、重ねて。離れていた時間を埋めるように求め合った。そして意識を飛ばすようにして嶋本もも眠りに落ちた。
寝返りをうって、隣にいるはずのを無意識に抱きよせようとしてその温もりがないことに嶋本は気が付いた。
冷や水を浴びせられたように起き上がって、広くもない自分の部屋を見渡す。
外は少し明るくなってきていて、時計を見れば六時前を指していた。
が持ってきた小さなボストンが部屋の隅に置かれたままなのを目にいれて、あの凶器になった靴はなくなっているので外に出たのだろうと予測がついた。
それでもバッグがある限りは戻ってくるだろうと一先ず胸をなで下ろした。
思い返してみれば、の様子がおかしかったのは、神林の余計な一言を聞いた時からではなかった。
連絡も入れずに予定よりも早い便で来たことも、洗濯物を散らばしたままうたた寝していたことも、ひよこの前でかわいらしく笑ってみたのも、から発せられた何かのサインだったかもしれない。それをすっかり見過ごしていた自分を今更ながら悔いた。
そして何よりもからあんなに自分を求めさせたことを。
オレはアホか…くそっ。
一人ごちて嶋本は手近にあったTシャツを手にスニーカーをひっかけて部屋を飛び出した。
もう何ヶ月、何年…。と離れている間、何事もなく過ぎてきたのだろうか。遠距離になることに対してはさして不安そうではなかった。不満も口にしなかった。
― だって、今だって船に乗っちゃえば乗りっぱなしだし、突然出て行くことだってあるし。近くても遠くても変わらないと思う ―
半ば達観したようには笑った。言われるとおり、確かにそうなのだ。だから嶋本は気づけなかった。
その気になれば5分でも会うことのできる距離と、会うことのできない距離の差に。
いつまでたっても横浜に慣れないと、いつのまにかのいない横浜に慣れた自分に。
のやさしさに、ただ胡坐をかいていただけの自分に。寂しくないなんて嘯いていた自分に。
まだ間に合うはずだと、嶋本はを探して朝靄の街を走った。あてがあるわけじゃない。がこの街で馴染んでいるところなんてないのだから。だからただ心の中での名前を叫びながら無我夢中に走った。
200505??→20080611改
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