嶋本は空を見上げた。基地の上空には羽田から飛び立った飛行機が1機。それにが乗っているかまではわからない。けれど、時間的にはそろそろだろうと思うと、無意識に見上げてしまう。
結局、は突然部屋を出た理由は何も言わなかった。嶋本も無理に聞き出そうとはしなかった。
ただ一言「強がりやめる」と涙の跡が残ったままの顔で、嶋本に笑った。その言葉だけで嶋本にはの気持ちが痛いほどわかった。何の約束もできないまま、に我慢をさせていた。嶋本だって、との未来を考えなかったわけじゃない。一度、断られていることが枷になってしまっていたことは事実だったけれど、それをのせいにするにはあまりにも自分の身勝手だと思った。
嶋本はその顔を両手で包み込むように触れて、くちびるをよせる。愛しくてたまらなくて、嶋本は何度も何度もついばむようにくちびるをのくちびるに合わせた。
のくちびるを思い出して、また1機、飛び立つ飛行機を見上げた。キラッと光る機体に目を細めて、手をかざす。
飛行機が見えなくなるまでしばらくそのままの体勢でいた嶋本は、ちらちらと自分を伺うヒヨコたちの気配を感じた。ちらっと目をやると、神林が大きな目をうるうるとさせて自分を見ていた。
「神林」
にんまりと笑って、嶋本は手招きをする。神林は転がり込むように嶋本の足元に駆け寄ってきてひれ伏した。
「すすすすす、すいいいい、すいません…!」
「何がや」
「いや、あの、その、合コンのことオレちくっちゃったみたいで!」
確かに、神林の余計な一言はまずかった。けれど、あの一言も二人の関係が取り戻せないところに行く前に気づくきっかけの1つになったと嶋本は思っている。だからといって、あの凶器で踏まれたことを許すやさしさなんてさらさら持ち合わせてないが。
「せやな、ぶちこわしや」
「…えっ」
「感謝する代わりに、たーっぷり、かわいがったるわな」
嶋本はにこやかな笑顔で言う。その笑顔とは裏腹な握りこぶしを見て、神林と、その後ろで様子を伺っていた4人は体を強張らせた。
「さぁ、今日も元気に踊ってもらおうか!」
また基地に嶋本の怒声とヒヨコの悲鳴が響きわたる。日常は簡単には変わらない。
けれど…
キラッと空が光ったのを目の端に止めて嶋本はもう一度空を見上げた。その光は飛び立ったものではなく、降りてくる機体のものだった。その光に、の指が同じように光る様を思い描いた。そして嶋本は自分の手のひらをかざして、口元をゆるめた。
変わらないものを、変えるのは自分や。
寂しくないとか辛くないなんて、そんな嘘に慣れてしまうまえに…
end
200505??→20080621改